心地いいと思う感覚(エネルギー)を共有できる幸せ

感覚・感情メイン

みなさまいつもありがとうございます。

(↑先週末に行田公園で撮影した梅の花。)

 

先日、園児のお母さま主催の山のイベントが開催されました。

そのイベントには、別のお母さまや職員さんも参加しましたし、外部からも主催のお母さまのお知り合いが参加されたそうです。(僕は不参加)

そして偶然にも、外部からの参加者の中に、今度僕と入園面談をする予定のお母さまも含まれていました。

僕はまだこの方とお会いしたことがありませんので、在園お母さまや職員さんが僕より先にこの方にお会いする形になりました。

主催のお母さまはこの事を気にしてくださり、”僕を差し置くような形になってすみません”、みたいなことをおっしゃってくださいました。

 

話は変わりますが、在園お母さまとパート職員さんが、ごく自然な流れで、お会いしてお話をする流れとなったようです。

この件についても、”僕の知らない所で予定を組みましたが…”、とお母さまが一声かけてくださる、なんてことがありました。

 

きめ細かい感性で、お声がけをくださるお母さま方。とてもありがたく思っております。

そんな僕はと言えば、「お母さま方や職員さんに差し置かれる」、そんな感覚があることを忘れていました(笑)。ぼーっとしているというか、何ていうか(笑)。

ですが、お気遣いをいただけること自体を、ありがたく・嬉しく思っております。

 

 

「お母さま方や職員さんに差し置かれる」、僕にもそんな悩みがあったこと、思い出してきました。

ひだまりを始めた初期の職員さん2人と、『あり方』の面で対立する、なんてこともありました。その時は、職員さんたちが僕のいない所で僕の悪口を言っていたようで、それが心に刺さってトラウマになったこと、ありました。

それからけっこう長い間、職員さんたちが談笑していると、僕の中で”怖い”という感覚がぬぐえませんでした。

 

これを今の職員さんに置き換えてみると、たとえばM先生とK先生が談笑していると、僕の中で恐怖や嫉妬・僕を差し置いて…、みたいな気持ちが湧き上がってくるのです。

今の僕にはちょっとあり得ない話ですが、そんなこともありました。だから、前述のお母さまが気遣ってくださった感覚も分かります。

 

ところで、M先生とK先生が陰で僕の悪口を言う、そういったことは多分ないはずです。

僕は彼女たちとの関係に安心しているのですが、それは、彼女たちが悪口を言わないからではありません。

「仮に彼女たちが悪口を言ったとしても、それは彼女たちの自由」だと思えているからです。

 

彼女たちには彼女たちの世界があって、その自由は誰にも侵されるべきではないのです。

それと同じように、僕には僕の世界があって、そこには絶対の自信を持っていい。そういった感覚が確立されてきているから、安心していられるのです。

 

ひだまりの目指す『まぁるいコミュニティ』、精神的に自立した人たちが集い、互いを信頼し合う中で、愛を循環させていく。

僕は、お気遣いいただいたお母さまのことも・職員さんたちのことも、信頼できている感覚です。

その方たちと、愛のエネルギーが共鳴し合えている感覚があって、そこに信頼が置けているからです。

表面上の行為は繕うことはできても、発するエネルギーは誤魔化すことはできませんからね。

 

自分が心地いいと思う感覚(エネルギー)を共有できる、それはとても幸せなことだと思います。

お読みいただきありがとうございました。

〈給食〉

・五分つきごはん ・厚揚げときゅうりのみそ和え ・ちくわとキャベツの和風スープ ・大根のじゃこ炒め

〈おやつ〉

・きつねおにぎり

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