自分に・この世界に、ただ愛の感覚を注いでいく

感覚・感情メイン

みなさまいつもありがとうございます。

(↑今日の園庭のひとこま)

 

(↑昨日2月8日(日)、高尾山の稲荷山コースにて。高尾山も普通に雪山になっていました。)

 

衆議院選挙が終わりました。個人の勝手な感触ですが、色々と違和感を感じました。各所違和感だらけで笑ってしまうぐらい。と言っても、選挙や政治を語る記事ではありません。

 

ところで、前回の記事で僕は、『お母さまご自身が、どのぐらい自分を信じますか? どのぐらい相手を信じますか? 信じたいですか?』、と書きました。

今回の選挙のはなし、上記の同じように「僕自身が、どのぐらい自分を信じますか? 自分の内面の投影であるこの世界をどのぐらい信じますか? 信じたいですか?」という事が問われているように感じています。

 

問われていると言っても、”違和感がなくうまく回っている世界がマル”で、”違和感たっぷりな歪な世界がバツ”、みたいにジャッジをしたい訳ではありません。

”違和感がなくうまく回っている世界”を目指す必要もないように思えてきました。目指していること自体にジャッジが含まれますし、「それは条件付きの愛だよなぁ。」とも思えて。

結果的にうまく回っていくとか・歪になっていくとかは関係なく、今この瞬間の自分に・自分の投影であるこの世界に、ただ愛の感覚を注いでいく。そんな感覚が、今の僕に必要だと感じられます。

 

『自分に・この世界に、ただ愛の感覚を注いでいく』、そんな瞑想のような時間を過ごしたい。

最近はそう意識する瞬間が少しづつ増えていっています。

 

お読みいただきありがとうございました。

〈給食〉

・五分つきごはん ・高野豆腐の煮物 ・白菜のおみそ汁 ・ほうれん草とにんじん・わかめのツナサラダ風

〈おやつ〉

・きつねおにぎり

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