彼女の「適期」を間近で見守らせてもらえたこと。この上ない喜び。

感覚・感情メイン

みなさまいつもありがとうございます。

 

年末という事で、今年を振り返ってのトピックをひとつ書きます。社会人2年目のK先生とのことです。

 

K先生は、大学の新卒入職として、県内の認可保育園への就職が決まっていました。大学卒業と同時に上京して住む家も決めて、あとは社会人としてのスタートを切るだけとなっていました。

ところが、3月に事前研修として実際に現場に入ってみると、詳しくは書きませんが「ここで働いてはいけない」という危機感を持ったそうです。大学の先生とも相談の上で、入職を辞退したそうです。

ひだまりのことは在学中から知っていたそう。憧れの保育園という感覚でブログも読んでくれていたこともあって、思い切って「ひだまりで働けませんか?」と声をかけてくれました。

 

当時、ひだまりでは正職員雇用の枠は空いておらず、正職員雇用を目指すことを前提にパート職員として入職してもらいました。

その後、ひだまりのパートとベビーシッターの仕事を掛け持ちすることに。シッターの仕事は時間が不規則なことも多く、ご苦労もたくさんあったことと思っています。

そして今年の8月より、ひだまりの正職員として新たなスタートを切っています。日々がんばってくれています。

と、「表面上」の彼女との関係はこんな感じです。ここまでが話の前段。

 

ここからが本編、もっと深い内面のはなしです。

ただし、今から書くのはあくまで僕の感覚です。また、今の彼女だったらこのぐらいだったら笑って許してくれるよね?と思いながら、書きたいと思います。

 

彼女、新卒内定を辞退してひだまりに飛び込んできてくれた訳です。僕としては、「もう何も守る必要はないね。自分の人生を思いっきり進むだけだね。」、みたいに思っていました。

ですが、彼女を見ていると、どうも「自分の人生を思いっきり進む」という感じではありません。

 

ですが、それも無理もないことだと思っています。

「自分の人生を思いっきり進む」には、一定以上の自己肯定感が必要でしょう。また、一歩を踏み出す思い切りのよさや、人生経験なども必要でしょう。

決して悪い意味ではなく、彼女は普通の女の子だったのだと思います。

ひだまりにとび込んできた勢いは、”不思議なご縁がくれた瞬間風速”だったのかも知れません。

  

彼女、結婚願望や出産願望が女性平均よりも高いように思えます。

子どもが好きで保育士になった面もあるでしょうし、それも不思議なことではないでしょう。

そして、彼女にとって結婚や出産は、(遠い未来の夢ではなく)近い未来として具体的に意識できる状況でもあるかと思います。

だからこその面もあるでしょうが、彼女、結婚自体・出産自体をゴールとして目指しているように感じる面も多くありました。

 

ところで、このブログではよく『やり方』と『あり方』の話が出てきますね。

結婚自体・出産自体は『やり方』の領域です。”結婚において何を大切にするのか?”とか”子どもとどんな関係を築いていくのか?”といったことが『あり方』の領域の話となります。

 

一般論ですが、『やり方』の領域にフォーカスをしている人には、『あり方』の領域の話はなかなか理解されません。

ひだまりは『あり方』を何より大切にしているコミュニティですが、当時の彼女には『あり方』の話の実感を持っての理解は、まだ難しい面が多いように思えました。

なので、ひだまりならではの仕事の楽しさも、よく分からなかったように思えます。

 

そして、これも一般論ですが、『やり方』に拠り所を求めている時って、その『やり方』を否定されると、自分の存在自体が否定されたかのように感じて傷ついてしまったりします。

彼女は普通の新人保育士ですので、ミスもたくさんしますし、先輩からの注意もたくさん受けます。

自称”お豆腐メンタル”の彼女の性格も相まって、自己否定につなげて傷ついたことも少なくなかったように感じています。

 

僕は、「『あり方』がブレブレで、『やり方』に振り回される生き方はとても辛い」と思っています。

だからと言って、たとえば彼女に「結婚自体をゴールにしていたら、やがて行き詰るよ。」などと頭ごなしに言ったことは、なかったはずです。

また、まだ理解が難しい仕事の『あり方』の話を、こんこんと説こうとも思わなかったはずです。

それらは「押し付け」になりますからね。

 

人にはそれぞれ「適期」があります。

その人にとって、次のステージに進む準備ができて初めて、新しい生き方に繋がる新たな情報が有効になるのです。

準備完了を待たずしてその情報を伝えても、相手はその情報を受け取り切れずに迷惑なだけです。

それは、相手の自発的な成長や失敗の機会を奪ってしまう「愛に乏しい行為」となります。

これは、「アミ小さな宇宙人」の本の中でも繰り返し言われてきたことであり、僕も大切にしている感覚のひとつです。

なので、僕にできることは、あまり余計なことはせずに見守ることぐらいでした。

 

彼女が正職員になっても、彼女の『あり方』はパッと見変わらず。

むしろ、仕事の責任や量が増えて、彼女にはつらい状況だったように思えます。

 

ですが、それからしばらくして、彼女が僕に胸の内を打ち明けてくれる機会が訪れたのです。

「今のまま結婚して出産することはできるかも知れないけれど、それで『母親』になれるとは思えない。」

「今の自分に向き合って成長する必要を感じている。育ってきた環境や、両親との関係についても、向き合う必要を薄々だけど感じている。」

大体そんな事を教えてくれました。

 

「そう思うのだったら、大いに自分に向き合って、もっともっと自分を幸せにしてあげようよ! 自分が幸せになることを、許してあげてほしいな。」

「自分がもっともっと幸せになって、パートナーの事も、もっともっと幸せにしてあげようよ!」

「将来の我が子のことも、幸せにできる自分になろうよ!」

「そうなったら、みんなハッピーじゃないの!」

僕はその時、そんなことを言ったはずです。

 

「『より幸せに生きる』という動機が自分の中にあって、そのためにどうしたらいいか考えて生きていくことが、『自分の人生を生きる』ということだと思うよ。」

「『より幸せに生きる』ため・自分のために、日々のひだまりの仕事にも全力を尽くしてみようよ。」

「ひだまりの仕事は、結果的に自分に向き合うきっかけになることもたくさん。それらを自分のために活かしていこう。仕事があるから・上司に言われたから、じゃないよ。あくまで自分のために、全力でやっていこうよ。」

そんな話をしながら、「お互いに自分のために、仕事もがんばっていこう」と合意することができました。

 

その時のやり取りについて、彼女は後に日報でこんな風に振り返っています。

「自分があんなにくよくよしていたこと、ちょっとばからしくなりました。」、と。

彼女の中で「適期」を迎えて、彼女のフォーカスが『やり方』から『あり方』へ昇華した瞬間だったように感じています。

 

その後の彼女の働きぶりは、以前とは次元が違うレベルとなっています。

自分の中で「何故働くのか」が動機付けされていれば、そこに軸が生まれるので、当たり前のことなのですが。

 

『やり方』レベルの指摘を受けて、くよくよすることも飛躍的に減りました。

『あり方』でつながっていれば、『やり方』の相違は大したことはこと、実感を持って分かってくれています。

 

それでも新人ですし、失敗もたくさん。

「昨日一晩、ガッツリ落ち込みました。」などと教えてくれることもありますが、その口調は明るく、自分の力で立ち直ることも前より上手になっているように感じます。

 

通勤途中の自転車のトラブルで、遅刻を余儀なくされることがありました。

彼女、遅刻を最小限に抑えようと走ってきたようで、僕の想像より遅刻の幅は小さかったです。

汗だくで出勤してきた彼女に、「今回のトラブルは仕方がないことだから、遅刻は仕方がないと思っています。走るのは”ほどほど”で大丈夫だよ。走ってくれたのは嬉しいけど。」と伝えた僕。

「でも、たとえ1分であっても、気が緩んでの遅刻は看過できないからね。」とも。彼女、入職の頃、遅刻を軽く考えていたところがありましたので。

でも、今の彼女なら、何故前者はOKで・後者はNGなのか、理解できると思っています。

 

“人にはそれぞれ「適期」がある”と書きましたが、「適期」っていつ来るのかは、本当に分かりません。

突然訪れることもあるでしょうし、今世では訪れずに来世以降に持ち越される場合もある、と思っています。

 

ご縁に導かれて出会ったK先生。

彼女の「適期」を間近で見守らせてもらえたこと。それは僕にとってこの上ない喜びであって、とてもありがたいことです。

彼女のこれからのひだまり生活も楽しみに見守っていきたいですし、共に歩んでいきたい。

そして、もしご縁があれば、どんな『母親』になるかも見守っていきたいです。

 

お読みいただきありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました