みなさまいつもありがとうございます。

(↑鎌ケ谷南部公民館図書室にて)
日報で職員さんが”過去世”について書いてくれました。過去世かぁ。
今の僕は、以前よりずっと過去のことは気にしていないのですが、そう言えば以前は過去世について色々感じたり考えたりしたこともありました。
実際、過去世についてのイメージは、断片的ながら色々とあります。
以前のある職員さんに対しては、”過去世で娘であった”というイメージがずっと離れませんでした。
息子には、亡くなった父の魂が入った、と直観する瞬間もありました。父も息子も、トイレ後の手洗いをさぼります。それは止めてもらいたい(笑)。
僕自身が輪廻転生を繰り返してきたイメージもあって、あまり幸せではない人生をたくさん送ってきた感覚もあります。売春婦だった時もあったようで、その時のやるせない感覚がけっこう強く残っていたりもします。
と書きましたが、今は過去のことはあまり気にしていません。
それは、よく言われているように「過去は変えられないから」ではありません。
むしろ逆で、「過去なんて、改変され続けている不安定なものだから、いちいち気にしても仕方がないから」、です。
『思考が先、現実は後』、このブログでもたまに書くことです。
『僕たちの内面の想念が、それに見合った三次元の現実をホログラムのように映し出している』、自己探求を続ければ続けるほど、やっぱりそうだと思えてくるのです。
存在するのは、今・ココの自分の意識(思考・想念)だけ。その意識が、今の自分に見合う未来も・過去も、アクティブに生成し続けている。
イメージとしては、「過去→現在→未来」ではなく、「過去←現在→未来」という感じです。
自分の意識の変化(成長)に合わせて、それに見合った未来も過去も自動生成され、記憶と共に自動改変されているイメージ。
”ある職員さんが過去世で娘であった”イメージは今でもあります。ですが、それに対する捉え方は変わっています。
以前はそういった色眼鏡で彼女を見たこともありましたが、今は「それが何なの? 今の彼女にどう接するか、それがすべてでしょ?」と思います。
たとえばそんな感じに、過去のことは気にしなくなってきています。
過去のことはどうでもいい。今、幸せでありたい、です。そこに集中すればいいのだと思っています。
今一つまとまりませんが、今日はここまで。
お読みいただきありがとうございました。

〈給食〉

・枝豆ごはん ・大根としめじの鶏団子スープ ・もやしのナムル
〈おやつ〉

・コーンおにぎり


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