そうやって僕は進んでいく

感覚・感情メイン

みなさまいつもありがとうございます。

(↑3歳児クラスの製作)

 

約1カ月前、職員さんが通勤途中に自転車に乗っていたところ、歩行者と接触事故を起こしてしまいました。

その場で警察を呼んで現場検証をしてもらい、双方の連絡先を交換の上、病院での治療にかかった費用は当方の保険よりお支払いする事・なので領収証をまわしてほしい事などを伝えて、連絡を待っていました。

先日、先方から職員さんのところに電話があり、その後にお見舞いの電話などがなかったことなどにお気持ちを害されている様子。職員さんと園に慰謝料を請求すべく弁護士と相談している、みたいでした。

今日、僕のところに先方から電話がかかってきました。慰謝料〇〇万円を請求すると言われました。

弁護士と聞いていたので、てっきり裁判になるのだと思い、「分かりました。まずは訴状を拝見してから対応を考えたいので、これ以上のコメントは差し控えさせていただきます。」とお伝えしました。

しかし、そのまま話していると、先方は裁判なしの支払いを望んでいる?と思われるような発言もあったように思えました。

先方とは見解の相違があるように思えましたし、このようなことは閉鎖空間でではなく、オープンな環境(裁判)で判断してもらうのが適当だと思われましたので、「訴状を拝見してから対応します。コメントは差し控えさせていただきます。」を連呼の上、電話を切らせていただきました。

 

(↑2歳児クラス、折り紙で”犬”を折りました。)

 

「訴状を拝見してから…」、テレビドラマやニュース番組の中で出てくる発言を、まさか僕が実際に口にすることになろうとは、思ってもいませんでした。

かと言って、僕は自分が強い人間だとは思っていません。

先方と話していて普通に怖かったです。心がざわざわしました。

心がざわついた僕が、今回の件をどう捉えるのか。 

今振り返ればですが、貴重なありがたい体験をさせてもらったと思っています。

「こうしたことが起こった時、僕自身がどういった感覚を拠り所として、生きていくのか」を再認識させてもらっていますので。

 

僕自身が拠り所としている感覚。

それは、「この世界で実際に起こったことは、”すべて”僕自身の想念に端を発している」という感覚。

だから、「実際に訴えられることがあっても/なくても、目を向けるべきは、僕のこころの中である」という感覚。

「先方とはお会いしたことはありませんが、僕の中にも必ず、先方が気分を害されたと同等な”感情の種”が存在している」という感覚。

だから、「僕のこころの中から、その”感情の種”を見つけ出してあげて、それを癒すべく、逃げずにちゃんと向き合うことが大切」だという感覚。

 

そうやって自分のこころを見つめ、先方と同等に思える”感情の種”に愛のエネルギーを注いで癒していく。

すると、さっきまでの心のざわつきが嘘のように、こころの中が平安になっていくのを感じます。

すべてがつながっていて、循環していて、僕と先方の方も深いところでつながっているのだということが感じられてきます。

 

そうやって、僕は進んでいきます。

先程書きましたが、僕は決して強い人間ではありません。

”お陰さま”で生かされています。

 

お読みいただきありがとうございます。 

〈給食〉

・五分つきごはん ・ひじき入り卵焼き ・まいたけのおみそ汁 ・キャベツとちくわの煮びたし

〈おやつ〉

・きつねおにぎり

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