『自分に正直である』・『自分に正直であろうとする』

感覚・感情メイン

みなさまいつもありがとうございます。

(↑凛と引き締まった空気と青空の下、”かわり鬼”で思いっきり走る子どもたち。)

 

「お母さまが我が子のことを、本当はどう想っているか、子どもはすべて分かっている。そんな想定で日々を過ごしてみるのもいいと思いますよ。」

あるお母さまに、そんなことをお伝えする流れとなりました。

 

そう想定するならば、”子どもに言い聞かせる”とか”子どもと話し合う”とかは、さして重要ではなくなってきます。

だって、我が子はお母さまの胸の内を、すべて分かっているのですから。

あくまで想定の話ではありますが、実際のところ、子どもはお母さまの胸の内の多くを、敏感に感じ取ってしまっていると僕は思っています。

 

そう想定するならば、結局できる事は、お母さまご自身の内面を整えることぐらい、そんなところに行きつくのだと思っています。

 

『本当はどう想っているか、子どもはすべて分かっている』、それを前提に自分のあり方を整える。

これは、僕自身も(試行錯誤しながらですが)大切にしていることです。

 

「子どもは僕の内面をすべて分かっているとして、それに恥じない生き方・保育を日々しているだろうか?」、そんなこともよく考えます。

 

もっと飛躍しますが、「世の中の自分以外のすべての人が、僕の内面をすべて分かっているとしたら、僕はどう生きるだろう? このままでいいのだろうか?」、そんなことも考えます。

以前にそんな世界を描いた「サトラレ」という漫画があったみたいですが。

 

そう考えた時に僕がたどり着く生き方は、シンプルに『自分に正直である』となります。

自分の内面を陰で笑われようが、非難されようが、僕にはどうしようもない。

「自分が自分に誇れることがあるとすれば、『自分に正直である』こと、もしくは『自分に正直であろうとする』こと、だけだよなぁ。」、と。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

(↑3歳児クラスの”紙コップけん玉”づくりが始まりました。)

〈給食〉

・五分つきごはん ・豆腐としめじ・玉ねぎの煮物 ・白菜のおみそ汁 ・ひじきの甘辛煮

〈おやつ〉

・こんぶとおかかおにぎり

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